東京都市大学世田谷キャンパスbotの日常

東京都市大学世田谷キャンパスbot(@toshidaisetacan)がTwitterを飛び出して、ブログを書いています。基本的に月金更新です。

人と話すということ、人前で話すということ

僕は人と話すことが非常に苦手です。

というか下手です。

 

頭の中で話の返しは思いついているのに「あ、これは今話すタイミングじゃないな」とか「あの人の話面白いから、僕がこの空気壊したらどうしよう…」とか考えているうちに、話題が別のところに逸れてしまいます。側から見れば「寡黙な人」に見えるわけですね。

かといって話を聞いていないわけではなく、むしろ聞くことに集中している時がほとんどで、話に参加していないのに笑ったりします。これはもう不審者です。

 

じゃあ話すことが嫌いなのかと言われるとその逆で、大好きです。人前で滔々と話をするのはむしろ快感です。もはや変態の域です。

 

両者の決定的な違いは「リアルタイムでの反応を求められているか否か」だと思います。僕の場合、話は聞いているのですが、その返答が著しく遅く、返そうと思った時には次の話題にいっているわけです。もしくは話題がズレているのではないかと話を持ちかける前に不安になってしまいます。

対して人前で話すときは、ある程度話の流れを決めてから臨みますし、いちいち相手の返答を求めなくていいわけです。質問とかがあった時も、それなりに準備しておけば答えられるわけですよ。

 

討論は言葉の格闘技と言うかどうかは知りませんが、それこそ人と話すと言う意味での会話はテニスのラリーみたいなものでしょう。相手が打ちやすいところにテンポよく返す。T(トーク)スポーツとでも言うべきでしょう。

対して人前で話すと言うのはさながらプロレスのようなものでしょうか。あらかじめ段取りがある程度決まっていて、後は観客の空気を読んで適宜パフォーマンスを変えていくような。

 人前で話すことに些かの躊躇も無いのに対して、人と話すことがバンジージャンプ並みに怖いと思う今日この頃。せめて逆だったら、と思わないでもない。

 

最近はコロナ禍で少なくなったけど、以前は会社の研修とかを任されてたことがある。研修と言っても部署内の勉強会とか、新入社員への講義とか。一度だけ社長とか取締役の前で改善発表会に出席したこともある。それでもそこまで緊張はしなかった。

逆に言えば同世代の人たちとの会話が一番緊張する。気兼ねなく何でも話せる状況というのが、ガードレールのない道路を走っているようで怖い。

 

LINEとかのグループトーク、あれも怖い。自分の発言で返信が止まったら・・・と思うと、気軽に参加できない。でも参加しないとそれはそれで寡黙な人になる。

だから意を決してトークに参加するんだけど、そういうときに限って間の悪いことを言ってトークが止まる。言わなきゃ良かったと後悔する。その繰り返し。

 

ドラえもんの道具で「ツーカー錠」っていうのがあるんだけど、マジで欲しい。会話が「ツー」「カー」だけで済む。

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ドラえもん(てんとう虫コミックス42巻)

 

・・・ツーカー錠が開発されるまで、おとなしくテレパシーの練習でもしていましょうかね。

(・・・聞こえていますか?心の声・・・)

 

 

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